計画研究班の紹介
A01制御工学班
A01 生物ナビゲーションのシステム同定と革新的ロギングデバイスの開発
ヒトや動物が自分自身を目的地に導くことを「ナビゲーション」と呼ぶことにします.本研究では,生物ナビゲーションシステムを,入力を環境,出力を移動とするブラックボックスと考えます.そして,多様な入力変化に対して,出力がどのように変動するかを計測し,システムの入出力関係を数学的に表現することを目的とします.その目的のために,動物の移動を計測する革新的なロギングデバイス(ログボット)を開発します.GPS,加速度計,カメラを基本ユニットとし,マイク,気圧計,温度計などと,それらを制御するCPU,メモリ,バッテリーなどを一体化して搭載する20g程度の計測用ロボットです.そして,動物から得られた環境と移動に関するログデータにもとづいてシステムの内部構造を推定します.
(1) ログボットの開発:ログボットプロトタイプを海鳥に装着し,データ取得の検討を行う.ビデオからの移動計測,移動モードの推定,システム同定に効率的な介入刺激等を検討する.
(2) ログボットの小型化・耐水化:ログボットをコウモリ,ペンギンに搭載できるよう,小型化と耐水化に取り組む.バッテリーの長時間化も重要な課題である.
(3) フィードバック刺激・介入:ログボットのオンボードCPUを用いて,計測データをオンライン処理し,処理結果に基づいた介入を実施する.各種の介入実験により,移動の変化を計測し,ナビゲーションもエルの精緻化を行う.
(4) ナビゲーション同定アルゴリズムの開発:ログボットから得られる多次元の情報データ・位置データ・画像データからナビゲーション行動を引き起こす仕組みを数理モデル化する.
海鳥軌跡と環境データ解析用プラットフォームの開発(GPS軌跡,移動速度,高度,クロロフィル,海面温度,風を同時可視化し,地図の上にプロットする)
A01 RTと環境駆動による長寿命・高出力・多機能バイオロギングシステムの開発
ナビゲーションを理解・解明するためには多次元で大規模なデータ取得が欠かせません.このためには,バイオロギングシステムの革新的な高機能化が必要です.
例えば,バイオロギングで用いられるカメラは,電力消費が大きいため,長期に渡るデータ取得が困難です.バイオロギングの長寿命化が実現できれば,数か月に渡る長期のナビゲーションの調査が可能になります.また,既存のロガーは物理的な相互作用を実現したり,移動したりすることはありません.能動的なバイオロギングシステムを開発し,取付け場所の変更や物理的な介入ができれば,新たな知見を得ることができるでしょう.さらに,ロボットテクノロジー(RT)を利用すれば,従来取り付けられない場所への取付けも可能になることが期待できます.
そこで我々は,対象動物を含む環境のエネルギーを利用して必要な動力を得る『環境駆動』というコンセプトをロガーの長寿命化,高出力化のために導入しました.また,『ロボットテクノロジー』を用いて能動的なロガーの開発や取付け困難な場所へのロガーの取付けに挑戦しています.マッコウクジラを主たる対象動物とし,クジラ用ローバーの開発に取り組んでいます.
具体的な研究テーマを以下に示します.
(1) 環境駆動型マッコウクジラ用ローバーの長寿命,高出力,多機能化
(2) カメラタグ取り付け用高機動水中ドローンの開発
(3) 環境駆動型マイクロ発電システムの開発
(4) RTを用いた遠隔介入実験システムの開発
(5) マッコウクジラのナビゲーション理解
クジラ用ローバーのイメージ図
A02データ科学班
A02 ナビゲーション研究のための統計的データ分析基盤整備とヒト移動データ分析
私達の計画班ではナビゲーションデータを分析するためのデータ科学的基盤を整備することを目的としています.ナビゲーションデータとは,ヒトを含む動物のナビゲーション行動をロギングデバイスによって計測して得られるもので,多次元の時系列データとして与えられます.本計画研究の特徴は,特定の動物の特定の行動を対象とするのでなく,汎用的な分析方法の構築を目指すという点にあります.現在,私達の計画班では以下の2つのプロジェクトを進めています.
(1) ナビゲーション行動のパターンマイニング:本プロジェクトではナビゲーションデータを多次元の記号列として表現したうえで,パターンマイニングと呼ばれるアプローチを利用します.パターンマイニングを用いるとナビゲーション行動に頻出するパターンや表現型や遺伝型の異なる個体群に特徴的なパターンを抽出することができます.本プロジェクトでは,さまざまな動物種の様々なナビゲーション行動に汎用的な方法論を構築します.
ナビゲーションデータからの異常検知とその統計的信頼度推定;本プロジェクトでは,ナビゲーションデータを分析するうえで不可欠な異常検知の課題に取り組みます.異常検知とはナビゲーション時系列のなかで特徴的なイベントをデータに基づいて検出する技術です.本プロジェクトでは,Selective Inferenceと呼ばれる最近注目を集めている統計解析手法をこの問題に適用し,ナビゲーションデータからの異常検知とその統計的信頼度推定を行います.
A02 ナビゲーションにおける知識発見基盤の整備とヒトの屋内位置推定
近年のセンサ技術の進展により,ヒトやさまざまな動物の移動データを大規模に取得できるようになりつつあり,移動データから動物のナビゲーション機能を解明することが可能になると期待されます.これまでに生物学の分野では,生物学者の経験に基づいて移動データ(位置座標の時系列データ)を分析し仮説の検証を試みてきました.
一方データ科学の分野では,機械学習や人工知能研究の進展により大量のデータからの知識発見が可能となりつつあり,これらの技術を用いて仮説の立案に有用な知識発見を自動的に行うことを本研究の目的としています.
(1) 統計的に有意な仮説を半自動的に導くため,移動データから自動的に移動モード(探索や高速移動モードなど)の抽出を,生体信号データや環境データからも自動的にクラスタ抽出を行い,移動モードと生体信号データや環境データのクラスタ間に存在するルールを高速に自動発見する手法の開発を行います.
(2) これまでの研究では,研究者が自身で考案した特徴情報を用いて移動データの分析を行ってきました.本研究では,ディープラーニング技術に基づきデータのみから学習された特徴を基にルールなどの仮説・知識を抽出する手法を実現します.
(3) 生物からの効率的なデータ収集を支援するため,データロガーに適応的センシング機能の組み込みを行います.動物に搭載する小型ロガーの最大の問題点の1つは稼働時間であるため,重要なタイミングのみで集中的にセンシングを行うロガーの開発を行います.
観測対象をヒトにまで広げるため,ヒト屋内位置推定基盤の構築・整備を竹内班と共に行います.
A02 ナビゲーションにおける画像情報分析基盤の整備とヒトの行動分類
カメラで撮影された画像や映像を分析する画像処理・画像認識技術は,現代社会において様々な分野に普及しています.対象は様々であり,顔認識,医用画像処理,リモートセンシング衛星画像処理,監視カメラ映像認識,自動運転のための車載映像認識などに,画像・映像の認識・解析の手法が用いられています.デジタルカメラの急速な普及,大規模データのための機械学習手法の発展,インターネットを活用したビッグデータ収集などが相互作用し,様々な手法が活発に研究されています.
本研究では,ヒトや様々な動物の画像や映像を安定かつ頑健に認識する技術を開発し,本領域における画像・映像情報分析のための基盤技術を構築します.
1.多様で雑多な映像中の人物の行動や動作などを安定かつ頑健に認識することは,未だ重要で挑戦的な技術的課題の一つです.本研究では,パターン認識や機械学習などの手法を用いて,この課題に取り組みます.
2.ナビゲーションを行う鳥類・サケ類・コウモリ類等に取り付けた動物装着型画像ロガーの映像の解析は,現段階では重要なイベントを人間が目で見て判断するという段階に留まっています.このような映像は非常に複雑なため,従来の映像解析手法では処理を自動化することが困難です.そのための自動認識手法を開発します.
B01生態学班
B01 多次元バイオロギングによる鳥類・魚類の長距離ナビゲーション行動の包括的理解
複雑に変化する自然環境下において,野生動物はどのように情報を抽出・処理して長距離移動するのでしょうか?本計画班では,野生動物の中でも特に機動力に優れた鳥類とサケ科魚類を対象として,移動や情報処理にかかるコストや,移動による利益を野外環境下において実測し,長距離ナビゲーションを包括的に理解することを目的としています.
そのために,生理・行動パラメータを野外計測する動物装着型ロガーを開発し,野外調査によりデータを取得します.野外調査は国内だけでなく,国際共同研究を推進して南米や南極でも行い,環境ロガー(GPSや照度など)を用いて移動経路を,生理ロガー(心電図など)を用いて内的状態を記録し,映像ロガーを用いて群れや外敵,餌などの状況を把握します.これらのデータをモデリングすることによって,外的環境から感覚生理を経て移動に至るまでの基本的な挙動を理解し,渡りや母川回帰などの長距離ナビゲーションについて解明したいと考えています.
新潟県のオオミズナギドリ(左)と青森県のウミネコ(右)のGPS移動経路.このような移動経路を基礎にして,それに加えて環境・生理情報をマルチモーダルに取得し,「なぜたどりつけるの?」を科学します
B01 コウモリのアクティブセンシングによるナビゲーション行動の包括的理解
コウモリは超音波を放射し,そのエコーを聞くことで周囲の情報を把握するエコーロケーションを行います.彼らは状況に応じて,超音波の放射タイミングや方向などを動的に変化させることから,その超音波には彼らが「何時・何処で・何を知ったか」に関する情報が含まれています.すなわちコウモリは,ナビゲーションに関する動物の意思や判断を読み解くのに最適なモデル動物と言えます.そこで本研究では,高度に計測したコウモリの超音波と飛行経路を情報科学的に分析し,コウモリの3次元ナビゲーションがどのような原理に基づき設計・計画されているのかを明らかにしていきます.具体的な研究課題としては以下のような内容を計画しています.
(1) 小規模(室内)から中規模(20m四方程度)でのナビゲーション行動を音響と飛行軌跡から多次元に計測し,効率的な移動や捕食,また飛行と音響センシングの協調関係の理解(モデル化)を図ります.
(2) ナビゲーション中の脳波や海馬からの神経活動を計測し,コウモリの3次元空間ナビを支える音響行動と,記憶や空間認知に関する情報処理プロセスとの関係を明らかにすることを目指します.
(3) 個体間インタラクション(同種他個体間や捕食者-被食者間)を伴うナビゲーション行動を多次元に計測し,ナビ行動の機序や神経アルゴリズムの解明を目指します.
(4) 小型GPS音響ロガーを開発し,大規模(数km~数十km)野生下でのナビゲーション計測を行います.(1)で明らかとなった行動アルゴリズムが,より大規模ナビではどのように適応されるか,またロギングデータから外部環境の推定や,個体の状態や移動の予測手法の確立を図ります.
B02神経科学班
B02 線虫の全脳イメージングによる探索型ナビゲーション神経基盤の解明
動物が目的地に向かうナビゲーションは,既に獲得した目的地の記憶に依存する地図記憶参照型,目的地の方向や距離を光や音によって立体的に知覚する定位型,不明確な位置情報に依存する探索型に分ける事ができます.
探索型ナビゲーションは,ヒトおよび動物が不確かな情報に基づいて初めて目的地にたどり着き,地図記憶を獲得するために必要です.また一度地図記憶を獲得した後でも,環境条件の悪化などにより新たな場所に移動する必要が生じた際には探索を行うことになります.すなわち,探索型ナビゲーションは,最も基本的かつ普遍的なナビゲーション戦略です.
探索型ナビゲーションでは,大気中や水中を漂う化学物質(=匂い),断続的に聞こえるわずかな音,景色などの情報に依存しながら目的地にたどり着かなければなりません.従って,探索型ナビゲーションを実現するためには,目的地に関する乏しい位置情報を効率的に抽出して脳活動として蓄積し,その情報に応じて「近傍探査」や「定速移動」といった行動状態を適切に選択する必要があります.このような情報処理は,脳内のどの神経細胞のどのような活動によって実現されているのでしょうか?
本研究計画では,本領域のデータ科学チームおよび制御工学チームとの共同研究として,線虫C. elegansの探索型ナビゲーションをモデルとして,脳活動ビッグデータの新たな解析手法を開発し,新たな脳機能原理の発見を目指します.
(1) 刺激と行動の対応を半自動的に解明するための分析方法の確立:代表的な化学刺激に対する線虫のナビゲーションデータから,刺激に対する行動状態を半自動的に分析する統計学的手法を確立します.
(2) 「刺激」と「全脳神経活動」と「行動」との関連の解明:刺激勾配下をナビゲーションする線虫の全脳神経活動をイメージングし,新たな統計学的手法を開発する事によって,「刺激~神経活動~行動」の関連を数理モデル化し,理解します.
更に領域全体として,ここで開発された手法を,野外での動物行動の理解や,より複雑な動物の脳機能理解に発展させたいと考えています.
B02 昆虫の定位型ナビゲーションを実行する全神経回路における計算過程解明
動物は様々な移動行動の局面でナビゲーションを実行しますが,それを統御する神経基盤の全容は未だによく分かっていません.優れたナビゲーターでありながらシンプルな神経系をもつ昆虫は,ナビゲーション神経基盤を研究するモデル生物として最適です.メスコオロギはオスの誘引歌に対して近づく行動,音源定位を示すことが知られています.この行動における誘引歌の認識や発音メカニズムの研究は進んでいますが,音源へのナビゲーションを実行する神経機構は未解明です.そこで本研究は,この音源定位ナビゲーションを実現する感覚入力~音源方位検出~運動企画~運動制御にいたる全ての神経回路と,回路上で実行される計算過程を理解することを目的として,次のような研究課題を設定しました.
(1) 聴覚的仮想空間(VR)環境下で脳内ニューロンの大規模イメージング計測を行います.誘引歌に対する細胞集団の応答データから刺激方位を予測するモデル(デコーダー)を機械学習によって構築し,そのデコーダーの構成に基づいて刺激方位を表現するニューロン集団を同定します.
(2) コオロギを聴覚VR装置のトレッドミル上で音源定位させ,移動方向,歩行速度,ターン角速度と下行性ニューロン活動を同時に計測します.神経活動データから運動パラメータを予測するデコーダーを作り,その構成から音源への接近速度や進行方位を制御する下行性ニューロンを特定します.
(3) (1)で同定された音源方位を表現する脳内ニューロン群の活動から,(2)の下行性ニュー
ロンの運動制御信号を予測し,その予測モデルから両者を繋ぐ神経回路と演算過程を推定します.
コウモリの探索超音波に対する回避運動についても同様の手法で解析し,音響刺激に対する接近と回避を実現するナビゲーション神経メカニズムも明らかにします.
B02 ラットの神経回路基盤同定による地図記憶参照型ナビゲーションの機能解明
我々ヒトは,地図を使うことで自分自身が現在居る場所から目的地へ導くナビゲーションをしています.では,複雑かつダイナミックに変化する自然環境下において驚異的なナビゲーション能力を誇る動物は,地図を使わずにどのように迷わず餌場を見つけているのでしょうか?
脳の深部にあり記憶を司る海馬には,動物が特定の場所を通過したときに高頻度に活動する神経細胞が発見されており,場所細胞と呼ばれています.場所細胞は,トールマンが提唱した心の中の地図(認知地図)となり,動物が地図として使用していることが示唆されています.一方,場所細胞がある海馬を損傷すると,アルツハイマー型痴呆症を発症し,道に迷い徘徊することがあります.更に,最近の研究により,場所細胞が示す位置は,動物が想起・展望する過去,現在,未来の位置であることが示唆されています.すなわち,場所細胞が示す地図記憶は,単なる外部環境の測量図ではなく,目的地へ導くナビゲーションに特化した地図と考えられます.この場所細胞活動を手掛かりにすれば,脳神経細胞レベルのナビゲーション原理が明らかになるかもしれません.
本計画研究では,図に示す研究体制を構築し,以下の4課題を実施します.
課題(1):様々な記憶を伴う課題をラット・マウスに訓練し,その課題遂行中の多次元データと記憶の種類を対応させ比較検討することで,場所細胞の活動動態を手掛かりとしながら,地図記憶参照型ナビゲーションの機能を解明します.
課題(2):課題(1)で解明したナビゲーション機能の脳内情報処理過程を,A02前川・竹内が開発する数理モデルに組み込み,ナビゲーション移動行動を予測します.
課題(3):A01橋本と連携し,刺激の種類や位置を動的に変化させる環境介入や,光遺伝学を活用した神経活動介入を行い,状態遷移モデルによる移動行動の予測性能から,その妥当性を検証します.
課題(4):B01飛龍との共同研究により,場所細胞活動を手掛かりとして,コウモリのナビゲーション機能を分析することで,野外や3次元空間にも一般化できるナビゲーション機能の解明を目指します.